品名:柳公権:玄秘塔  拓本
品番:TUO-67
  165cmx79cm
価格:¥4.600 「税込」 在1

この碑は、大達法師端甫の埋骨塔である玄秘塔の由来を記したものです。端甫は、母が梵僧に仏の骨を飲まされた夢を見て生まれたことから、出家し安国寺の僧となり、唐の第9代徳宗皇帝に信任されて皇太子に近侍し、第11代憲宗皇帝には特にその学識や人格を認められ知遇されました。開成元年、67歳で入滅、遺命によって荼毘(火葬)に付すと舎利300余粒を得ました。そこで大達と諡し、塔を建てて玄秘と名付けました。
 筆者柳公権(778-865)は、字は誠懸、京兆(陝西)華原の人で、河東の名族、柳氏の支派にあたります。元和初年の進士ですが、特に筆跡の妙をもって第12代の穆宗に親籠され、その後、敬宗、文宗に至る3代に仕えました。有名な「心正しければ即ち筆正し」という語は、穆宗の問に答えたもので、筆諌の意を含んでいます。柳公権は、はじめ王羲之を習いましたが、その後あまねく近代の法を学んで体勢勁媚な一家の法を完成しました。その書法は当時の上流階級に持て囃され、「顔筋柳も骨」といわれ、晩唐の書道界に雄飛して顔・柳と並称されました。官は太子太保を最後として退官し、咸通6年(865)に88歳で沒して太子大師を贈られました。
 玄秘塔碑は、柳公権63歳の作で、筆法はすでに固定し、鋭くて緩みのない充実した直線的な筆致で、筆力の強さを惜しみなく表しています。加えて、顔真卿に似て筋骨のあらわな線美の特徴が目立ちます。横画と縦画との太細がはっきりとして、勁健な覇気に富んだ趣を強く打ち出しています。また、篆額も公権の手になり、唐代篆法の好例です。
 柳公権が書いた碑は、70碑以上も宋代まではあったようですが、今伝わるものは2~3碑にすぎず、なかでも玄秘塔碑は最も重要な作品です。









玄秘塔碑 蔵石編号 623
楷書 唐・会昌元年(841)  裴休撰 柳公権書並篆額
1949年、前陜西省歴博より移存  
54字×28行(1字約 縦3.5cm、横3cm)