中国文物真贋道中膝栗毛 犬飼和雄
十三、緑釉雲竜鳳凰文天球瓶
今日も私はチャイナウォッチング店の保坂さんからその中国文物を思いもかけず安い値段で手に入れて、なにか保坂さんをごまかしているようでうしろめたかったがともかくうれしかった。うれしかったのは、保坂さんがにせものだと安く売ってくれたのと、その中国文物が本物ではないかと思えてきたからだった。私はその文物をだきかかえ、丹念にながめてから、例によって黙っていられなくなって保坂さんにいった。
「これは本物の文物ではないですか」
いうまでもなく、この文物が本物なら、私の買った値段の十倍、いや、百倍もするもので、私なんぞが手の出せない物だった。
私の質問に対して、保坂さんは例によってまともに反応してくれた。
「これが本物だというのですか。どんな根拠によるのですか」
保坂さんは自分の店の中国文物はすべてにせものだといっている。私は今まで保坂さんからいろいろの中国文物を買ったが、保坂さんは一度として本物だといったことはなかった。今まで私が文物を求めた文物商人は、一人としてその文物がにせものだなどいったことはなかった。みんな本物だといって、少しでも高く売りつけようとした。それだけに私は保坂さんを信用していた。私でも中国文物が百にひとつも本物がないことぐらい承知していた。
今私が保坂さんから安くゆずってもらった文物というのは、高さが四十センチあまり、球体の直径が三十センチあまりの天球瓶といわれているものだった。その表面には、緑釉で、雲の間に竜と鳳凰が描かれてた。我が中国文化研究所には、このような緑釉文様の瓶などなかったので、本物にせものの関係なく貴重な資料でありそれだけでも満足だったが、もちろん資料としても本物であることにこしたことはなかったし、それに、にせものの値段で買った物が本物だったらこれはもう望外のことだった。
それで黙っていられなくなったのだった。もちろん、私はこの緑釉天球瓶が本物かもしれないという根拠を、私なりに発見していたのだ。
「その理由の一つはですね、このように緑釉の瓶を見たことがないからですよ。本でも見たことがないですよ。にせものが作られたとしたら私の目にも一つぐらいはとまっていたはずです。そう思いませんか」
「その一つがこれじゃありませんか」
と保坂さんは私がだきかかえている天球瓶を指さしていった。
「私のようなしがない中国文物店には、まかりまちがっても本物の天球瓶がまぎれこんでくるようなことはありまっせんよ。にせものがあるから、私の店にこのようなものが入ってくるのですよ」
と保坂さんはいかにも自信ありげというのはおかしいが、ともかく自信ありげに断言した。そういわれると、私にも保坂さんのにせもの論がどうも反論できないほどたしかなものだとはわかるのだが、でも、ここで引きさがるわけにはいかなかった。天球瓶はもう私のものだったからだ。
「それはそうですがね」
と私はいった。
「なにかのはずみで保坂さんの店に本物がまぎれこんでくるということはあるでしょう」
「ありませんね」
と保坂さんはにべもなくいった。
「私がこの商売をはじめたのは、昨日や今日のことではありませんよ。この店に万が一にも本物文物が侵入してくることなんぞありませんよ。それにですね、私がこの店に本物文物を陳列したらどうなるかわかりますか」
「えっ」
と私は保坂さんがなにをいいだしたのか見当もつかないまま保坂さんの顔を見た。
「わかりませんね」
「わかりませんか」
と保坂さんは皮肉っぽい笑いを顔に浮かべた。
「もしそうだったらですよ、私はここにいて、この天球瓶など売ることはできなかったのですよ」
「天球瓶を売ることができない、それならなにを売っているのです」
「いえね、なにも売れなくなっているのですよ」
「なにも売れない」
「わかりませんか。この私の店の文物がすべて本物だったらどうなります」
「それはすごい店だということになるでしょう」
と私は当り前のようにいった。
「そのすごいということがどういうことだかわかりますか。もしこの店の中国文物がすべて本物だったらですよ、この店の文物はすべて今の値段の十倍、いや、百倍です」
「そうですよ。もちろん、そうです」
「だということはですね、先生はその値段で買われますか。その天球瓶に百倍のお金を支払われますか」
「とてもとても」
と私は首をふった。
「だということはですよ、この店の上得意が先生ですよ。ですから、この店の文物に買い手がいなくなってしまうということです」
「いわれてみれば、そのとおりかもしれませんね」
と私はまだ保坂さんがなにをいおうとしているのか気づかないままあいづちを打った。そんな私に気づいたのか、保坂さんは苦笑しながらいった。
「わかりませんかね、私はこの商売をもう二十年以上やっているのですよ」
「そのくらいのことは知っていますが」
「いいですか、本物文物を売っていたら買い手がいないので、二、三か月でお手あげですよ。とっくにこの店はなくなっていますよ」
「いわれてみればたしかにそのとおりですね」
と私は自分のうかつさにあきれたが、でも、ここでひきさがるわけにはいかなかった。
「でもですね、長年文物をあつかっていられるのですから本物がまぎれこんでもおかしくないでしょう」
「そんなことはまずありませんね」
と保坂さんが妙にきっぱりといったが、天球瓶を我が中国研究所の所有としたてまえ、まさかここでもはいそうですかとはいえなかった。私は自信たっぷりの保坂さんのにせもの論の亀裂を捜しながらいった。
「この天球瓶の底には、『大清康熙年製と書かれています」
「そんな年代はにせもの磁器にはどれにだって書かれていますよ」
「そのくらいのことは私だって知っていますが、康熙といえば四百年あまり昔、これが四百年あまりむかしのものだということがここを見てわかりませんか」
と私は天球瓶の糸尻を指さした。
「そこがなにか。黒っぽくよごれているだけではないですか」
と保坂さんはあきれたようにいった。
「そうですよ、その黒っぽいよごれですよ。よく見てください」
「よく見るってなにをです」
「その黒っぽいよごれが、磁器の中にくいこんでいるのがわかるでしょう」
「それはわかりますが、それがどうだというのです」
「いいですか、このよごれ、指でこすっても全くおちませんよ」
「そんなもんですよ」
「つまりですね、このように磁器にくいこむまで黒っぽくよごれるためには数百年もかかると思いませんか。この黒っぽいよごれが、この天球瓶が文字通り康熙年製のものだと語っていると私には思えるのですよ」
「相手は中国人です、どんなにせものだって作るのです。そんな中国人ですからよごれのにせものぐらい、いともかんたんに作ってしまいますよ」
「いくら中国人でも、まさかこんな黒っぽい、きたないよごれもののにせものを作ったりはしないでしょう」
「つくると思いますね」
と保坂さんは当たり前のようにいった。
「そうですかね」
と私は納得できなかったが、にせもの論にだけは自信たっぷりの保坂さんの顔を見ていると、糸尻にしがみついている黒っぽいよごれがにせもに見えてきて、これ以上、この天球瓶が本物だという根拠が雲散霧消していくのを実感した。
それでも、私はことばにだしてはいわなかったが、『この糸尻にしがみついている汚いよごれはそのまま残していかなければ、残しておけば、相手が保坂さんでなければ、このよごれは本物になるぞ』と。
今はその緑釉雲竜鳳凰天球瓶が我が中国文化研究所の陳列棚にどっしりと腰をすえている。
その威容を誇っている。
その威容は、この我が中国文化研究所でしか、といっても甲府でのことだが、見られないのはたしかだ。保坂さんの店から私のところに移動してしまったからだ。
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