中国文物真贋道中膝栗毛    犬飼和雄

    六 小文物珍奇道中   黒玉俑
       

 中国文物の中には本物であっても高くは売れないようなものが有るが、一般的にそういう文物とは大きさが十センチたらずのものが多いし、金属でいえば、真鍮とか?とか亜鉛、またはその合金でつくられたものが多い。こうしたものでも私にとっては真贋の対象となるのだが、こうしたものの美術書がまったくといっていいほどないので、客観的にその真贋を追求する事はほとんど不可能といってよい。
 しかしそれだけに、そうした小文物はなぞめいており、私の好奇心をそそるので、そういう小文物に出会うと、つい手がでてしまうのである。

 そこまではいいとして、そのあとで、買ったものの正体が気になり、我が中国文化研究所で腰を落ちつけ、そのものの本物にせものをあれこれ追及するのだが追求すればするほど迷路にまぎれこんでしまう。そのあげく中国のものなら中国人にわかるだろうと見せてまわるが、中国人はどうしてそんなつまらないものに興味があるのかとけげんな顔をするだけで、まともな返事がかえってきたためしがない。

 そこで私は迷々と孤軍奮闘、そのあげく私だけの鑑定結果にたどりつき、聞いてくれる相手がいないと反応がないのは百も承知で、えんえんと佳川文乃緒に語ることになる。
 そうした小物文物とは、

「これは珍しいですね。今までこのようなものは見たことがないですよ」
と私は喜んでその一つを手にとった。
「それはよかったです」
と朱薇さんがいった。朱薇さんという女性は、保坂さんが結婚した北京人で、賢そうなきりっと表情をたたえていた。それは、朱薇さんが北京へ里帰りして手に入れてくれたものだった。

「それにしても、見れば見るほど不思議なものです」
「そうですか」
「そうですよ、これがなんだか、私には見当もつかないのですが、これはなんですか」

と私は、朱薇さんは中国人、北京人だし、これは北京で手に入れたはずだから、朱薇さんはわかっているのではないかと思ったが、朱薇さんからとりつく島もないような返事が戻ってきた。

「さあ、私にもわかりません。私もはじめてみたのです」
「これは何処で手に入れられたのです」
「北京です」
「それでしたら買ったとき、相手の商人にこれは何かとたずねなかったのですか」
「これは珍しい、面白いものだ。先生に喜んでいただけると、ただ、それだけで買ったのです。でも、売り手にきいても、これが何かわからなかったでしょうし、説明されても信用できません」
「それはそうですが」

と私は言葉に詰まった。文物を買うとき、売り手の商人の言葉が百に一つも信用できないことは百も承知だが、それでもきかずに入られない場合がある。今私の手の中におさまっているものが、まさにそれだった。

「ところで、これは古いものですか」
「商人は清代のものだといっていました」
と朱薇さんはあいまいにいった。
「それにしても、これだけはまちがいなく人間ですね」
と私は手の中のものに目をこらした。
「といってもですね、耳が巻貝のように渦を巻いてとがっていますし、顔が異様にながい、これは誰ですか」
「わかりません」
「そうですか」
「そうですよ」
と朱薇さんが妙に強調した。

「それにしても、あとの三つはなんとも不思議なものですね。この人間の顔が上下に二つくっついたものや、人間に羽がはえたりしえいるもの、わからないがおもしろいな」
「そうでしょう。だから買ってきたのです」
と朱薇さんは明るく笑った。


 朱薇さんという女性は、日本に来てわずか一年余りで日本語が話せるようになったし、商才にもたけており、どことなく暗かったチャイナ・ウォッチング店が、朱薇さんがきてからは明るく活気づいてきた。それだけではなく、中国足心道の名手で、私が腰痛で呻いていたとき、朱薇さんに一度足心道をしてもらったら、その腰痛がぴたりと治まってしまった。その上、保坂さんと結婚するまで、中国文物の知識も感心もなかったのに、一年あまりすると、日本人が、というより私がどんなものを欲しがるか察するようになった。今私の前にいる小俑も、朱薇さんだからかってきてくれたのだ。
 
それは、黒玉怪人俑とも言うべき四体の黒玉で作られた小像だった。
 私が手にしているのは、高さが十五センチあまりの人間で、来ているものは日本の着物そっくりの古代中国の着物だった。立像で顔が異様に長くてどことなく威厳があった。頭には冠ような物をかぶっていた。ただ先にものべたように、耳が巻貝のように突き出しているので人間だとはいえないようなところがあった。
 他の三体は、明らかに人間だとはいえなかった。

 一つは、十センチぐらいの大きさで、顔は人間だが、体は馬で首にはたてがみのようなものがついていた。もう一つは人間の座像といっていえなくはないが、背中に翼がついていた。四つ目は、こういうものを人間といっていいのかどうなのか見当もつかないもので、人間の大きな顔の上に小さな顔がのっているだけのもので、手も足もついていなかった。
 どうやら私が手にしている立像を中心にこの四人は組になっているようだったが、この四人の黒玉怪人俑が誰なのか、なににもとずいてつくられているのか、ないにひとつ手がかりもつかめないまま、我が中国文化研究所の住人になった。
 住人である限り、家主はいやでも店子の身元調査をしなければならない。


 中国の怪人といえば、私の頭に浮かんでくるのは、中国古代の地理書「山海経」である。子の地理書には、各地に住む怪人怪獣がわんさと登場する。そこにはうそという怪獣画が描かれていて、それを見てこんなものがいるはずがない、「ウソ」「いつわり」という意味ではなく、「吹く」とか「吐く」という意味だと気がついて苦笑したことがある。天狗とい怪獣が登場するのも「山海経」である。ただこの天狗は、狗とも狸ともとれる首の白い怪獣である。それが日本では、どうして鼻がながくて赤い顔をして空を飛ぶ怪人になったのかわからないが、ともかく、私は「山海経」の怪人を求めてその一人一人を確認したが、黒玉怪人に相当するものは発見できなかった。

 いきづまってしまったが、それでも何か手がないかと考えていると、とてつむない妥解策が浮かんできた。
 佳川文乃緒がわが中国文化研究所にやってきたとき、私はこの四人の黒玉怪人俑を佳川の前に並べていった。
「すばらしい物を手に入れましたよ」
「また、また、こんな気味の悪いものをお買いになったのですか」
と佳川は私の顔を見た。

「口ばかり大きくて、口裂けは人間の中国版ですか。それより、顔が二つだけくっついているこの怪物はなんですか」
 佳川にいわれてみると、いずれも口が裂けたように大きかったが、今はそんなことはどうでもよかった。といって、こんなことを聞いても佳川にわかるはずがないことはわかっていたが、私は佳川にいった。
「これが誰だかわかるかな」
「先生が知らない事が私にわかるわけはないでしょう。それとも、ご存知で私をためしていらっしゃるのですか」」
「いや、私もわからないのです。だから聞いたのです」
「本当ですか」
と佳川は疑わしそうに私をにらんだ。
「本当ですよ。何か知恵を貸してくれないかな」

「知恵なんかないのを、先生が一番ご存知でしょう。それにしてもこの四人は、ひとりが人間で、あとの三人は怪物ですね」
と佳川文乃緒は四人を見つめながら、なんとも佳川にふさわしくないことうぃいだした。
「一人の人間と三人の怪獣といえば、確か『西遊記』でしたね。でもこの耳のとがった偉そうな人はお坊さんではありませんし、だから『西遊記』の四人組ではありませんね。他にこのような四人組を主人公にした物語はないのですか」
「なるほどそういわれてみればそうですね」

と私は佳川もこれでも優秀な我が中国文化研究所の研究員だと再認識しながら、まず『三国志演義』を思い浮かべたこの演義は、蜀の劉備玄徳を中心とした諸葛孔明、関羽、張飛の四人組の物語だが、いうまでもなくこの四人はまっとうな人間で、そこに怪人怪獣の入り込む余地など全くなかった。私の知識はそこまでで、ほかに四人組が主人公の物語など全く知らなかった。

 ただこの黒玉怪人俑が『西遊記』のような物語からつくられているにちがいないとはわかってきた。実は我が中国文化研究所にすでにこの黒玉怪人俑に匹適する青玉怪獣俑が先住怪物として存在していたからである。

 それは、『西遊記』の主人公の一人青玉猪八戒で、それは黒玉怪人俑よりひとまわり大きいもので、成都で手に入れたものだった。その店では猪八戒一人しか売っていなかったので、研究所では1人だけだったが、物語の中では四人組だった。
 私は佳川文乃緒に『西遊記』といわれ、研究所の片隅に1人悄然とたたずんでいた猪八戒を持ち出してきて四人の黒玉怪人俑の横に並べて、今度は私が気がついた。我が中国研究所には猪八戒一人しかいないが、実際には四人組だ、だとすると四人の怪人俑はかならずしも四人組ではなく八人組でも十人組でもいいことになる。私が四人組の中の一人を買ってきたように、朱薇さんは八人組の中の四人を買ってきたのかもしれない。もしそうなら話は違ってくる。朱薇さんにそれを確かめなければと、私は翌日、チャイナ・ウォッチング店に朱薇さんをたずねた。


 私が店に入ると、朱薇さんがテーブルの前に座っていた。私はそのテーブルの上に四人の黒玉怪人俑を並べて朱薇さんにいった。
「まだこの黒玉俑たちが誰だかかいもく見当もつかないですよ」
「まだそんな事を考えていられたのですか。先生がそれを買われてもうだいぶたちますよ」
「そうですが、わからないものですから」
「わからないものをいくら考えてもしょうがないでしょう』
と朱薇さんがあきれたようにいった。

「ところがですね、朱薇さんにきいたらわかるかもしれないときがついたことがあるのです」
「なにをですか」
「実は今までずっと、これは四人組と考えていたのですが、これが四人組でなければ別の考えがあるぞと気がついたのです。私は成都で青玉俑をひとつだけかったのですが、それが猪八戒なので実は四人組です。だとすれば、この黒玉四人組は、四人組だと考えなくてもいいということになります」
「そういうことですか」
と朱薇さんはちょっと首をかしげた。

「たしかにこの黒玉俑は十ぐらい並んでいました。みんな形が違っていましたが、わた者その中からこの四人を選んだのです」
「ほかのものはどんな形をしていましたか」
「良く覚えていませんがみんなまともなものではなかったのは確かです」
「する怪人が十人だったということですね」
「もうはっきり十人だとはいえませんが、そのくらいでした」

 そうか、と私は、巻き貝耳の人物に目をやった。四人組という枠がはじけたとたん、この人物が誰かひらめき、その手に目をやったが、残念な事に釣竿は手にしてはいなかった。それでもこの人物は、頭に冠をつけ顔には威厳があって、全体に重々しい風格をそなえていた。体も一番大きくて、他の怪人たちをしたがえていた。やがて、私にはその巻き貝耳が角髪に見えはじめた。
「そうか、これは太公望姜子牙だ」
と私は思わずつぶやいた。


 しかも怪人たちをしたがえているから歴史の中の太公望ではなく、『封神演義』の太公望だ、まちがいないと思った。

 太公望というのは、殷の紂王を倒して周王朝を気づいた人物、それは歴史の中でも『封神演義』の中でも同じだった。が歴史の中では、いくら古代でも怪人、怪獣など登場しないのはいうまでもない。
それに対して『封神演義』というのは、太公望が紂王を倒すまでを波瀾万丈に描いた物語で、人間、神人、仙人、怪人、怪獣が四百人もいり乱れて戦い、三百六十五人が死んでいる。どんな怪人、怪獣がいてもおかしくないのである。
 その中心人物が太公望姜子牙で、それをささえて戦って最後まで戦ったものは、楊?、??、白鶴童子など九人あまりである。いずれも変化自在な人物達だった。黒玉俑が十人私の推察を裏づけている。
 私は『封神演義』をたどりながら、黒玉三人衆に目をやった。

 楊?は三つ目だといわれ顔に特徴があり、変化の術にたけていた。したがって顔二つの怪人がその変化だとしてもおかしくないどころか、むしろ楊?だということができる。??は一度死んでも蓮から生まれかわった不死身の戦士で、戦場を走り回って活躍している。体が馬で後頭部にたてがみを付けた人物がいかにもそれらしかった。白鶴童子は霊気をおびているときは白鶴で、そうでないときは童子、やはり自由に姿をかえられた。背中に翼のある顔が童子めいた黒玉像は、まさに白鶴童子だった。

 ここまでたしかめて、『封神演義』は明から清にかけてさかんに読まれた講談として語られたものなので、この黒玉四人俑はその時代につくられたもの、そういえば黒玉に時代的傷みが見られる、これはまちがいなく本物の文物だ、とわたしは一人大きくうなずいた。
 うなずいてから、私の前に、青玉猪八戒が立ちはだかった。猪八戒も明から清にかけてさかんに読まれたり講談で語られた『西遊記』の主人公の1人だった。ところがこの青玉猪八戒は成都のお土産店で買った正真正銘の新しい玉俑、非文物だった。
 私は今度は首を横に振った。
 気がつくと、そんな私を朱薇さんが笑いながらながめていた。